現在、小説家として活躍している金原ひとみさん。
2003年に「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を20歳で受賞し、作家デビューしました。
翌2004年に「蛇にピアス」が第130回芥川賞を受賞し、さらに注目を集めます。
そんな圧倒的な文学の才能をお持ちの金原ひとみさんですが、最終学歴は中卒です。
芥川賞を受賞するような方がなぜ中卒なのでしょうか?
今回の記事では、
主にこの2点について迫っていきます。
では、さっそく本題に入りましょう!
金原ひとみの最終学歴が中卒の理由

金原ひとみさんは文化学院高等課程高校(2018年閉校)を中退したため、最終学歴は中学校卒業になります。
そもそ金原ひとみさんは幼稚園の頃から不登校気味だったようで、小学校4年生の時に完全に不登校になりました。
そして中学校も数日で不登校、高校は数か月で不登校になり、中退。その後はアルバイトをしながら執筆活動をしていました。
不登校の理由は、漠然とした生きづらさを感じていたから。
漠然とした生きづらさを感じていましたね。なんでこんな世界で生きていないといけないんだろう…と
引用元:STORY WEB
いじめや嫌がらせなどはなかったとのことですが、学校の空気とその中にある固定的な人間関係や毎日が同じことの繰り返し、周りの子とも話が合わず、常に違和感を感じていたそうです。
理由をつけて休みたい金原さん、そして何とか学校に行かせたい母親、相反する2人が常に喧嘩していたとのことです。
子ども時代のことを思うと、十歳くらいのころ、学校の非常階段の上から下を見下ろし(ここから飛び降りたら全部終わる)…と泣いていた姿が甦るんです。
引用元:STORY WEB
当時、自分は人間ではなくエイリアンではないのかと、本気でそう思っていたそうです。
今のように不登校という言葉もなければフリースクールなどなかった時代です。
色々な理由で学校にいけないこどもたちの居場所というものは本当にありませんでした。
当時は地獄だったと金原さんは語っています。
しかし、そのような環境に転機が訪れました。
金原ひとみにとって不登校は必要だった

小学校6年生のころ、父親の海外転勤でアメリカのサンフランシスコに家族で移住することになりました。
この時、日本語を忘れないようにという理由で大学教授の父親から村上龍さんや宮部みゆきさんなどの本が買い与えられ、現地の学校にも通わずに毎日夢中になったそれらを読んでいたそうです。
この頃から小説を書き始め、日本に帰国して中学生になっても不登校の金原さんを気遣い、父親は自身の主催する大学の小説創作ゼミに誘います。
そこで金原さんは小説にどっぷり浸かる生活を送るようになりました。
家庭でも学校でもない第3の場所を得たことによって、金原さんが常に持っていた閉塞感が徐々に薄れていきます。
大学のゼミで自分よりも年上の大学生たちと、自身が書いた小説の感想を言い合う刺激的な日々を送るようになり、より本格的な執筆活動を始めます。
そして、19歳に「蛇とピアス」で第27回すばる文学賞を受賞し、翌年の20歳で第130回芥川龍之介賞を受賞するまでに至りました。
そして現在の金原ひとみさんは過去を振り返り、こう語ります。
“不登校”は私にとって必要な時期だったのは確かで、あの時期がなかったら、今の自分は絶対にいなかったし、この世に生を受けた以上、通らなくてはならないイニシエーションだったのだと思います。
皆それぞれ、生きるための通過点があるとしたら、私にとっては「不登校」がそうだったのでしょう。引用元:Yahoo!ニュース
現在の金原ひとみさんにとって不登校のあの時期がなければ小説家になっていません。
そういった意味で、彼女にとって不登校は必要な出来事だったのです。
それにしても、さすが小説家ですね。
過去を振り返って、自分のその時の状況や状態を言葉で他者にこうも説得力のある言葉や文章で伝えることができるなんて、本当にすごいですね。
まとめ
金原ひとみさんの最終学歴が中卒の理由は、漠然とした生きづらさを感じ不登校になり、高校を中退してしまったから。
そして金原ひとみさんにとって不登校はイニシエーションのようなもので、不登校がなければ「小説家の金原ひとみ」という存在は生まれなかった。
そういう意味で金原ひとみさんにとって不登校は必要だったのです。
こうした作者の背景を知ることで、金原さんの本を読むとより彼女の世界観にふれ、より作品を楽しむことが出来るのではないでしょうか。
興味が湧いてきた方は、ぜひ金原ひとみさんの著書を読んでみてはいかがでしょうか?

コメント