はじめに
音叉時計という時計をご存知でしょうか?機械式でもクォーツ式でもない第三の腕時計として、かつて高精度を誇り注目を集めました。本記事では、音叉時計の歴史や特徴、その仕組みや魅力、一般的な機械式時計・クォーツ時計との違い、そして現代における復刻モデルや購入時のポイントまで、わかりやすくご紹介します。音叉時計の独特な世界をぜひお楽しみください!
音叉時計とは何か?歴史と特徴を解説

音叉時計(おんさどけい)とは、その名の通り音叉(上記の図を参照)を振動源に利用して時を刻む腕時計です。1960年にアメリカの時計メーカーブローバ(Bulova)社が、世界初の音叉式腕時計「アキュトロン(Accutron)」を発表しました。開発したのは同社の技術者マックス・ヘッツェルで、ゼンマイやテンプ(調速機構)を用いる従来の機械式時計とは異なる画期的な構造を持っていました。その結果、日差±2秒程度という当時としては驚異的な高精度を実現し、一躍注目の的となったのです。これは当時の一般的な機械式腕時計の精度(日差20~30秒程度)を大きく上回っており、音叉時計は「世界で最も正確な腕時計」の一つとされました。
音叉時計が登場した1960年代当時、アポロ計画などの宇宙開発が進んでいたこともあり、その高精度ゆえに宇宙ミッションにも採用されました。(ブローバの音叉時計技術はNASAの機器にも使われました)。各メーカーもこの新技術に注目し、ブローバ以外にもオメガ(Omega)やIWC、シチズン(Citizen)など複数のブランドが音叉式の腕時計を製造しました。たとえばオメガは「エレクトロニック f300Hz」シリーズを、シチズンは国産初の音叉式時計「ハイソニック」を発売しています。しかし、1969年に日本のセイコー社が世界初のクオーツ式腕時計を発表すると状況が一変します。クォーツ(水晶)による電子時計はさらに高い精度と量産性を備えていたため、1970年代の「クォーツショック」(前回記事参照)によって音叉時計は市場の主役の座を明け渡し、生産が徐々に終了していきました。音叉時計はまさに機械式時計とクォーツ時計のはざまの時代に生まれた一時代限りの名作と言えるでしょう。
音叉時計の仕組み(どのように時を刻むのか)
そもそも音叉とは、先ほどの絵のようなU字型の金属棒に柄(え)が付いた道具で、叩くと決まった周波数の音を発生するものです。音叉時計では、ムーブメント内部に極小の音叉が組み込まれており、電池から供給される電力でコイルに電圧をかけて音叉を継続的に振動させます。ブローバ・アキュトロンでは1秒間に360振動にも達します。一般的な機械式腕時計の振動数が1秒間に5~10振動程度ですから、音叉時計の振動がいかに高速かがお分かりいただけるでしょう。
この振動(360振動で1秒)を内部で調節して時計を動かしています。
このとき耳を近づけると「キーン」という電子音のような連続音が聞こえるのも特徴です。音叉時計の愛好家はこの独特の動作音を「ハミング(humming)」とも表現します。機械式時計が「カチカチ」という刻む音を発するのに対し、音叉時計はまさに音叉が奏でる微かな金属音で時を告げるのです。
音叉時計の魅力と利点(高精度・独特の動作音など)
音叉時計がこれほどまでに語り継がれる理由は、その魅力と利点の特別さにあります。
まず第一に挙げられるのは精度の高さです。前述の通り、音叉時計は当時の日常用腕時計としては桁違いの精度(日差わずか数秒)を実現していました。この高精度は、後に登場するクォーツ時計にも匹敵する革新的なもので、1960年代当時としては人類が手にした中で最も正確な腕時計の一つだったのです。
第二に、音叉時計ならではの独特な動作音と秒針の動きも大きな魅力です。耳を澄ませると聞こえる「キーン」という微かな電子音のようなハミングは、音叉時計だけが持つ個性的なサウンドです。一般的なクォーツ時計の秒針は1秒ごとに「カチッ、カチッ」とステップ運針しますが、音叉時計の秒針は連続して滑るように動きます。この流れるような秒針の動きを初めて見た人は、その滑らかさに驚くことでしょう。
第三に、ブローバ・アキュトロンの「スペースビュー」に代表されるようなスケルトンデザインも魅力のひとつです。文字盤を省略し内部の音叉やコイル、電子部品をあえて見せた大胆なデザインは、発売当時「未来の時計」として人々を魅了しました。
まとめ・・・一般的な機械式時計やクォーツ時計との違い
音叉時計は、従来の機械式時計やその後主流となったクォーツ式時計とは構造も特徴も大きく異なります。ここでは機械式・音叉式・クォーツ式の違いをいくつかのポイントで比較してみましょう。

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動力源の違い
☆機械式時計はゼンマイばねが動力源。★音叉時計は電池が動力源だが、音叉を振動子(常に一定の周波数で振動する部品)としている。
✬クォーツ時計も電池駆動ですが、振動子には水晶(クォーツ)を用いて電子回路で制御しています。
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振動数と精度の違い
☆機械式時計は毎秒5~8振動程度(ハイビート機でも10振動前後)。日差は数十秒。★音叉時計は毎秒360振動。日差数秒。
✫クォーツ時計は毎秒32,768振動。日差約0.5秒。
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秒針の動きの違い
☆機械式時計の秒針は、肉眼では細かな連続運針に見える。★音叉時計の秒針は、途切れのない滑らかな秒針の動きのスイープ運針。
✫クォーツ時計の秒針は、1秒ごとに進むステップ運針。
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使用感・メンテナンスの違い
☆機械式時計は手巻きや自動巻きによって定期的にゼンマイを巻き上げる必要がある。
数年ごとにオーバーホール(分解掃除)が必要。★クォーツ時計は1~2年ごとに電池交換が必要。
電池交換と必要に応じた部品交換程度で長期間使えるものが多い。✫音叉時計は1~2年ごとに電池交換が必要。音叉時計の場合、内部構造が特殊なため修理できる技術者が限られており、修理・調整には専門知識が必要。部品もすでに製造されていないため入手が難しいことがある。そのためヴィンテージの音叉時計は、壊れた場合に修理費用が高額になったり時間がかかったりする点に注意。
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動作音の違い
☆機械式時計は「コチコチ…」という規則正しい音。★クォーツ時計は基本的に無音。聞こえるのは秒針の音。
✫音叉時計は前述したように「キーン」という電子音的。
音叉時計は専門的な側面もありますが、それだけに所有する喜びもひとしおです。高精度でユニークな動作音を持つ音叉時計は、現在でも十分実用に耐えうる腕時計です。何より身に着けることで時計の奥深い歴史に触れられるロマンがあります。ぜひ機会があれば、その手で音叉時計の魅力を味わってみてください。


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