機械式時計の振動数とは何か
機械式時計の振動数とは、時計内部の調速機構(ムーブメントの動く速さを決める機械式時計の重要な仕組みの1つ)であるテンプが1時間または1秒間に振動する回数のことを指します。一般的には「振動/時(VPH)」で表され、これを3600で割るとヘルツ(Hz)に換算できます。
多くの機械式時計は18,000〜36,000振動/時の範囲で設計されており、数値が高いほどテンプが細かく振動する、いわゆる「ハイビート」=36,000振動/時(10振動/秒=5Hz)と呼ばれる構造になります。
一般的な現代の機械式時計では28,800振動/時(8振動/秒=4Hz)が多く採用され、標準的なムーブメントの振動数といえるでしょう。
振動数が時計の精度に与える影響
振動数が高ければ高いほど、時計の針の動きが滑らかになり、精度が安定すると言われています。つまり、時間がずれにくくなるということです。これは外部からの衝撃や姿勢の変化による誤差を限りなく少なくすることができるためです。おもちゃのコマも、ゆっくり回すより勢いよく回したほうが安定しますよね。そのようなイメージです。
しかし、振動数を上げるとその分だけゼンマイのエネルギーを多く消費し、潤滑油や部品への負担が増加するためパーツが摩耗しやすくなるという欠点もあります。そのため振動数が高ければ高いほど精度が高く良い時計というわけではなく、あくまでバランスが重要ということです。そういった意味で28,800振動/時(8振動)のムーブメントは、精度とゼンマイのエネルギー効率のバランスが取れた設計とされ、ロレックスやオメガなど数多くのブランドで採用されています。
ハイビートとロービートの違い
機械式時計には大きく分けて「ハイビート」と「ロービート」と呼ばれるムーブメントがあります。ハイビートは36,000振動/時(10振動)のように高速で振動し、非常に滑らかで正確な動きを見せます。代表的なモデルにはゼニスの「エル・プリメロ」やグランドセイコーの「Hi-Beat 36000」などがあります。
この二つのモデルをなぜ挙げたかというと、ハイビートの欠点を克服したからです。さきほどハイビートのモデルは部品が摩耗しやすいと書きましたが、この二つのモデルはパーツの素材を変更したり、部品の耐久力をあげたりとそれぞれ独自の最先端技術の使用し、パーツが摩耗しやすいという欠点を克服し、高精度の機械式時計を誕生させました。
一方で、ロービート(18,000〜21,600振動/時)は動作がゆったりとしており、パワーリザーブが長く、部品の摩耗が少ないという特徴があります。摩耗が少ないというということ故障のリスクが低減されるわけですから、メンテナンスの費用や頻度も抑えられます。現在でもオメガの手巻きモデルやヴィンテージ時計などでは、ロービートが多く見られます。
(個人的にはロービートの「カチカチカチ・・・」といういかにも時計という音が好きなので、ロービートは1本持っていただきたい。ハイビートは「カッカッカッカッ・・・」っていうせわしない音にになります)
振動数の進化と歴史的背景
およそ1910年~1930年くらいから時計の主流が懐中時計から腕時計に移っていく過渡期と言われています(諸説あり)。懐中時計の時代には、1秒間に2〜3回の振動(約7,200〜10,800振動/時)が一般的でしたが、腕時計が登場し、携帯中の振動や姿勢変化により対応するため、ハイビートが求められるようになりました。
1950〜60年代には各メーカーが精度競争を繰り広げ、ロンジンやゼニス、セイコーなどが36,000振動/時のハイビートムーブメントを続々と発表しました。名づけるならハイビート黄金期といったところでしょか。そのような時代があり、今日の高精度ムーブメントがあるわけです。
その後、1970年代のクォーツショックで市場は一変しますが、機械式時計は精度だけでなく「工芸品としての価値」を見直され、再び注目を集めました。現在では28,800振動/時が標準的でありながら、一部ブランドは高振動化を維持してより高精度の時計づくりを追求しています。
まとめ
機械式時計の振動数は、精度・耐久性・エネルギー効率など、時計性能の中核を担う重要な要素です。高振動化は精度を高める一方で、部品の負荷を増やすというデメリットも存在します。
現代では素材技術や潤滑技術の進化により、ロービートでも高精度を実現するモデルも増えています。振動数が高いから優れているという時代は終わり、ハイビートとロービートだけでは購入の決定打にはならない時代とも言えます。しかし、時計の鼓動ともいえる振動数の世界を理解すると、機械式時計の奥深さがより一層感じられ、また一つ機械式時計の魅力に気づくことができたのではないでしょうか。


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