はじめに
腕時計の薄型化競争は、各メーカーがしのぎを削ってきた伝統あるテーマです。「世界最薄」の称号をめぐり、機械式ムーブメントの老舗ピアジェや、近年ウルトラシン記録を連発するブルガリなどが熾烈な開発競争を繰り広げてきました。ここではケース全体の厚さを基準に、プロトタイプや限定モデルも含めた世界で最も薄い腕時計ベスト3をご紹介します。いずれも驚異的な薄さを実現したハイエンドモデルですが、その特徴やデザイン、使用感、そして一般ユーザーが購入できるかどうか(購入のしやすさ)についてもわかりやすく解説します。
第1位: コンコルド デリリウム IV – 厚さ0.98mmの世界記録的薄さ
コンコルド デリリウム IVは、ケースの厚さが0.98mmという史上最薄記録を持つ腕時計です。1980年頃に試作されたクォーツ式のコンセプトモデルで、文字盤・ムーブメント・ケース裏蓋を一体化する大胆な構造設計により、当時としても桁外れの薄さを達成しました。あまりの薄さゆえに実用性には難があり、衝撃や曲げに耐えられないため実際に市販されることはありませんでした。そのため一般販売価格も存在せず、事実上“幻の腕時計”となっています。
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厚さ:0.98mm(ケース全体)腕時計として史上最薄。
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ムーブメント:クォーツ式(電池式)。超薄型化のため機械式ではなく電子式を採用。
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発表:1980年(試作のみ、市販なし)。スイスのコンコルド社(現在はモバードグループ傘下)が開発。
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価格帯:非売品(市販モデルが存在しないため定価なし。博物館級のコンセプトモデル)。
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デザイン・特徴:厚さ1mmを切るために部品をケース裏蓋に直接取り付け、文字盤や針も最小限。極限まで薄いため秒針や複雑機能は省略されています。外観はシンプルなドレスウォッチ風ですが、通常の腕時計というより技術デモンストレーションに近い存在です。
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使用感:実際に手に取った愛好家から「薄すぎて壊れそうだった」との声もあるほど繊細で普段使いには向きません。防水性や耐衝撃性もほぼ期待できず、着用中に強い衝撃を受ければ「道端で転んだだけで終了しそう」とも言われるほどです。まさに扱いに緊張を要する超繊細な時計と言えます。
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購入のしやすさ:★☆☆☆☆ – 入手不可能。コンセプトモデルのため市場に出回らず、現存する個体は博物館やメーカー保管品のみと思われます。オークションにもまず出ないため、一般消費者は実物を見ることすら困難でしょう。
このコンコルド デリリウム IVはギネス世界記録にも認定されており、その記録は現在でも破られていません。クォーツ革命下の1979年には既に厚さ1.98mmの初代デリリウム(市販モデル)が登場しており、続くデリリウム IVで1mmを切る驚異的な薄さを実現したことになります。時計史において伝説的な一本であり、「世界最薄」の称号を語る上で欠かせない存在です。
第2位: ブルガリ オクト フィニッシモ ウルトラ – 機械式腕時計の極限薄1.70mm
イタリアの高級ブランドであるブルガリは、近年「オクト フィニッシモ」シリーズで数々の薄型時計の世界記録を打ち立てています。中でも「オクト フィニッシモ ウルトラ」は、厚さわずか1.80mmで2022年当時世界最薄の機械式腕時計となり(世界限定10本、予価約5,221万7,000円)業界を驚かせました。その後わずか数ヶ月で記録を更新されましたが、2024年に改良版ウルトラ(COSC認定モデル)を発表し厚さ1.70mmへとさらなる薄型化を実現。僅か0.05mm差で世界最薄の座を奪還するという執念の快挙を成し遂げていますこの1.70mmモデルは世界20本限定で2024年9月発売、価格は約8,428万円と発表されました
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厚さ:1.70mm(ケース全体)– 現時点で世界最薄の機械式腕時計。初代モデルは1.80mm
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ムーブメント:手巻き式(Cal. BVL180)。極薄設計のため自動巻きローターは省略。クロノメーター(COSC)認定も取得。
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発売年:2022年初代ウルトラ(1.80mm)、2024年ウルトラCOSC (1.70mm)。いずれもスイス製。
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価格帯:数千万円クラス。初代は約5200万円、COSC版は約8400万円
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デザイン・特徴:ケース径40mm前後の八角形(オクト)デザイン。肉厚を削減するためケースバック(裏蓋)を地板(メインプレート)として兼用し、その上にムーブメント部品を直接組み立てる構造を採用。高剛性のタングステンカーバイド製ケースバックやチタン合金ケースなど先端素材を駆使し、薄さと強度を両立しています。文字盤は一般的な装飾を排し、歯車や指針がむき出しのインダストリアルな外観。初代モデルでは主ぜんまいの蓋にQRコードが刻まれる遊び心も話題となりました。
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使用感:1~2mmの極薄ケースは腕に乗せると驚くほど軽く、厚みがないためカフスにも引っかからずスッと収まります。着け心地は「時計を着けていないかのよう」とも形容されるほどですが、その薄さゆえ耐久性には注意が必要です。ブルガリによれば基本的な日常使用に耐える設計とのことですが、防水性能は30m程度で、落下や強い衝撃を加えれば破損リスクは高いでしょう。超薄型ゆえリューズ(竜頭)も特殊で、小さなノブを回してゼンマイを巻き上げます。
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購入のしやすさ:★☆☆☆☆ – 極めて困難。いずれのモデルも超少量の限定生産(10本や20本)で、購入にはブランド顧客への招待や予約が必要でした。定価自体が数千万円と極めて高額なうえ既に完売済みで、市場流通も皆無に近いです。一般の時計店で手に入れることはまず不可能で、オークションに出品されれば数億円規模になる可能性があります。
ブルガリはこのウルトラ以外にも、世界最薄のミニッツリピーターやトゥールビヨンなど数々の記録を打ち立てており、薄型時計の王者として君臨しています。同社は過去に合計9回も薄型世界記録を更新しており、「オクト フィニッシモ」シリーズは高いデザイン性と技術力で多くの賞賛を集めています。ウルトラはその集大成ともいえるモデルで、まさに腕に載せる工芸品と最先端技術の融合と言えるでしょう。
第3位: リシャール・ミル RM UP-01 フェラーリ – 厚さ1.75mm、超薄型と耐久性の両立
高級独立時計メーカーのリシャール・ミルがフェラーリとコラボして生み出した「RM UP-01 フェラーリ」は、ケース厚1.75mmという驚異的な薄さを持つ機械式腕時計です2022年7月に発表され、当時ブルガリの持っていた1.8mmの世界記録を0.05mm更新して世界最薄機械式時計の座を奪ったモデルとして大きな話題となりました。世界限定150本のみ製造され、価格は約2億4700万円(予価、約188万ドル)という超弩級のプライスタグが付けられました
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厚さ:1.75mm(ケース全体)– 発表当時、機械式腕時計の世界最薄記録を樹立(ブルガリの記録を0.05mm更新)。
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ムーブメント:手巻き式(Cal. RMUP-01)。厚さ1.18mmのムーブメントを搭載。極薄化のため時刻合わせやゼンマイ巻上げは付属工具で行う特殊仕様(通常のリューズは非搭載)。パワーリザーブ約45時間。
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発売年:2022年(世界150本限定)。スイス製。フェラーリとのコラボレーションモデル。
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価格帯:約2億5千万円(税別予価)。コラボ先のフェラーリF1ドライバーらにも提供されたとも報じられました。
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デザイン・特徴:ケースは大型の長方形(約縦51×横39mm)で、厚みを抑えるために面積を広く取って部品を平面的に配置しています。素材はチタン合金製で、通常のスチールより硬く強く40%軽量。文字盤は極小で、大半はムーブメントが露出したメカニカルな外観です。フェラーリの跳ね馬ロゴもレーザー刻印され、スポーティーさを演出しています。リシャール・ミルは耐衝撃性能に定評がありますが、本機も薄さと強度を両立しており、厚さわずか1.75mmにもかかわらず5000Gもの加速度に耐える耐衝撃性や10m防水を実現しています。これは通常の超薄型時計では考えられない堅牢さで、「エクストリーム・ウォッチ」を標榜する同社らしい設計です。
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使用感:極薄ながらケースが横に大きいため手首への存在感はそれなりにあります。ただし重量はチタン素材ゆえ非常に軽く、装着感は快適です。尖ったスポーツカーのようなデザインで、袖口からチラリと見えれば強烈なインパクトを与えるでしょう。もっとも、その価格と希少性から日常使いする人はほとんどおらず、多くはコレクションピースとして大切に保管されていると考えられます。
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購入のしやすさ:★☆☆☆☆ – 事実上入手不可。150本限定という生産数ながら予約段階で完売し、選ばれた富裕層コレクターやフェラーリVIP顧客が手にしました。一般市場には流通しておらず、仮に中古が出ても数億円超は確実です。購入は宝くじに当たるより難しく、現物を目にする機会も非常に限られます。
リシャール・ミルは元々耐衝撃性に優れた高性能腕時計で知られていましたが、超薄型分野では出遅れたメーカーでした。しかしこのRM UP-01で突然その領域に参入し、いきなり世界記録を樹立したことは業界に衝撃を与えました。
極限の薄さと同時に実用耐久性まで追求した点も特筆すべきポイントです。発表直後には「コインほどの薄さの時計に約2億5千万円の価値」などとニュースで取り上げられ、時計愛好家のみならず一般の話題にもなりました。
3モデルの比較まとめ
最後に紹介した3本の基本スペックを比較表にまとめます。いずれも常識離れした薄さと価格ですが、それぞれに開発された背景や特徴があります。
| 順位 | モデル名(ブランド) | 厚さ(ケース全体) | ムーブメント | 限定本数 / 発表年 | 参考価格 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1位 🥇 | コンコルド デリリウム IV | 0.98mm | クォーツ(電池式) | 試作のみ(1980年頃) | 非売品(市販なし) |
| 2位 🥈 | ブルガリ オクト フィニッシモ ウルトラ | 1.70mm | 手巻き(機械式) | 世界20本限定 / 2024年 | 約8億4,000万円 |
| 3位 🥉 | リシャール・ミル RM UP-01 フェラーリ | 1.75mm | 手巻き(機械式) | 世界150本限定 / 2022年 | 約2億5,000万円 |
※上記厚さはいずれもケース全体の厚み(風防含む)です。価格は発表時の情報に基づく概算で、実際の取引価格とは異なる場合があります。
おわりに
今回紹介したモデルはどれも一般的な実用時計とは一線を画す存在で、価格や入手性も桁外れです。しかし、それだけに腕時計ファンのロマンをかき立て、「世界で最も薄い」という唯一無二の称号は今なお強い魅力を放っています。
今後も各メーカーの技術革新によって、この記録が塗り替えられ、誰もが手軽な価格で身に着けることができる日が来るかもしれません。
とはいえ厚さ1mmを切る領域は明日、明後日でどうこうできる厚さではありません。まさに異次元の領域。私たち一般消費者にとっては気軽に手にできないからこそ夢の腕時計なのです(個人的に超薄型時計に興味を持った方は、厚さ約3mmのシチズンのエコ・ドライブ ワンを一度見ていただきたい。家電量販店や百貨店で見ることができる)。
超薄型の時計たちは、腕に着ける工学と美の極致です。その物語に思いを馳せつつ、腕時計の奥深い魅力をぜひ感じてみてください。


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