花時計とその仕組み
カール・フォン・リンネ(スウェーデンの植物学者、1707–1778)は、植物の花が決まった時刻に開いたり閉じたりする習性に注目し、一日の異なる時間帯に花が開閉する複数の植物を円形の花壇に配置し、どの花が咲いているかで時間を表現しようとしました。これが「花時計」です。
では植物はどのように「時間」を知るのでしょうか?
実は、多くの植物は体内時計(生体リズム)を持ち、昼夜の周期に合わせて花を開閉します。
また、進化の過程で花粉を運んでくれる昆虫の活動時間に合わせて花を咲かせる種類も多く存在します。こうした性質により、植物はあたかも時間を感じ取って生きているように見えるのです。
花時計に使われる植物と咲く時間の例
リンネが提案した花時計では、早朝から夜にかけて次々と決まった時間に咲く花を配置することで、おおよその時刻を知ることができます。具体的にどのような植物が使われ、何時頃に咲くのでしょうか。いくつか身近な例を挙げてみます。
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アサガオ(朝顔) – 夏を代表する朝顔は夜明け前から明け方にかけて花を開き、日中にはしぼんでしまいます。まさに朝の訪れを告げる花です。

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スイレン(睡蓮) – 早朝に開花し、昼過ぎには花が閉じる水生植物です。「睡蓮」という漢字名は、花が開閉を繰り返す様子を眠ることになぞらえたものです。

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ハゼラン(三時草) – 和名のとおり午後3時頃から数時間だけ赤い小花を咲かせます。
英名では「サラダバーネット 」とも呼ばれ、決まったおやつ時に咲くユニークな雑草です(※サラダバーネットはハゼランの別名)。

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オシロイバナ(英名: Four o’clock flower) – 日中は蕾(つぼみ)のまま閉じていて、夕方4時過ぎになると花開くことで知られます。夕暮れ時に芳香を放ち、夜行性の蛾などを誘う花です。

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オオマツヨイグサ(宵待草) – 夕方から夜にかけて大きな黄色い花を開く植物です。英名では「Evening Primrose(夕方のプリムローズ)」と呼ばれ、その名の通り日没後に咲き始めます。夏の夕暮れ、宵闇を待つように咲く姿が名前の由来です。

このように、それぞれの植物が「花が開く時刻」という自分だけの時間を持っています。花時計ではこれらを円形に植え、例えば朝の時間帯には朝咲きの花、午後には午後咲きの花…というように配置することで、咲いている花の種類から現在のおおよその時刻を読み取れるようにデザインされました。
花時計の実用性と限界
発想としてはロマンあふれるリンネの花時計ですが、実用的な精度や運用にはいくつか大きな課題がありました。リンネ自身も、花の開花時刻には天候や季節による変動があることを指摘し、花時計に利用できるのは「天気(気象条件)や日長に左右されず、毎日決まった時刻に開閉する花だけ」であると語っています。
たとえ花時計向きの花ばかりを集めたとしても、現実的な誤差は約30分程度が限界だとされています。晴天の日なのか曇天なのか、気温が高いか低いかといった環境の違いで、花が開くタイミングは微妙に前後してしまうのです。また、リンネの故郷のスウェーデンでは、地域によって日の出・日の入りの時刻も異なるため、同じ花でも場所に開花時刻が緯度によってずれることも知られています。
さらに、一年を通じて花時計を稼働させるには、季節ごとにその時期に咲く花を揃えなければなりません。季節が変わるごとに都合よく開花時間の合う花を用意するのはとても困難です。
こうした理由から、リンネの花時計は実用的な時計としては普及しませんでした。リンネ自身も実際に完全な花時計の庭園を植栽するところまでは至らなかったと考えられています。
主に19世紀初頭に好事家や植物園が装飾的・実験的に試みた例があるのみで、あくまで植物の習性を利用した庭園として捉えられるべきでしょう。
現代における花時計の活用例(庭園・教育など)
リンネの花時計は、現代では主に歴史的・教育的な話題として取り上げられています。例えば植物園や博物館の解説、教育機関の教材、園芸雑誌・ブログ記事などで、そのユニークな発想が紹介されています。実際、日本でも2021年の8月に広島市植物公園の夏の夜間開園イベントに合わせ「リンネの花時計」が詳しく解説されるなど、来園者に植物のおもしろさを伝える教育素材として活用されています。またイギリスBBCの園芸サイトでは、自宅の庭で花時計づくりに挑戦してみたい愛好家向けに適切な植物リストが公開されたこともあります。
一方で、今日「花時計」という言葉を聞いて多くの人が思い浮かべるのは、都市の観光スポットなどにある花壇と実際の時計を組み合わせたモニュメントでしょう。例えば広島市中心部や神戸市役所前、海外ではスイスのジュネーブやカナダの大都市などに、有名な花時計のモニュメントがあります。これらは大きな花壇を文字盤に見立て、本物の時計の針が動く仕掛けになっているもので、季節ごとに植栽が替えられ観光名所となっています。リンネの花時計とは発想が異なりますが、「花で時間を示す」という点では通じるものがあり、花と時計を組み合わせたデザインが今なお人々に親しまれている例と言えるでしょう。
まとめ
カール・フォン・リンネの花時計は、植物のもつ不思議な時間感覚に着目した歴史的にも興味深い試みです。しかし、残念ながら正確な時計としては実用化されませんでした。
植物と時間の関係を知る手がかりとして、そして自然のリズムの豊かさを教えてくれるロマンあふれるエピソードとして、現代でも語り継がれています。花時計に思いを馳せることは、身の回りの植物に目を向け、その小さな時計たちが刻むリズムを感じ取るきっかけになるかもしれません。


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